作品紹介
第5回草思社・文芸社W(ダブル)出版賞の銀賞受賞作。
二人の多恵子とは、作家・堀辰雄(1904~53)の夫人で、敬虔なクリスチャンであった堀多恵子(1913~2010)と、もう一人は、堀辰雄の熱心な愛読者で、書簡を通じて作家夫妻と親交を結んでいた、こちらも敬虔なクリスチャンであった久津多恵子(1924~51)である。
あるとき堀多恵子は、久津多恵子宛ての書簡として、キリスト教的色彩にあふれた随想「童話風な手紙」を文芸誌に寄稿したのであったが、その刊行直前、久津多恵子は「手紙」を読むことなく、聖テレジア七里ガ浜療養所にて、結核によってこの世を去ってしまう。享年27歳。
それから四年後、久津多恵子の遺稿集『いのち守る日日』が刊行され、その巻頭には堀辰雄による追悼文が掲載されたのであったが、このときすでに堀辰雄自身も、結核によって帰らぬ人となっていたのである……
久津多恵子は、堀辰雄の愛読者であるとともに、聖テレジア(1873~97)の教えに順じて生きた敬虔なカトリック信者でもあったのだが、この二人が示していた指針(聖テレジアの「小さき花」と堀辰雄の「小さき絵(Idyll=イディル)」)の同質性を浮きぼりにすることで、両者の存在を心の糧として生きていた久津多恵子の精神的メカニズムを解き明かしてゆく。
さらに、堀辰雄の代表作『風立ちぬ』におけるクリスチャン加藤多恵(後の堀多恵子)の重要な役割を解読するとともに、聖テレジアの教えに傾倒もしくは不可思議な関わりを結んでいた、「四季派」を中心とする野村英夫、立原道造、遠藤周作、井上洋治、木崎さと子、女子パウロ会のシスターらによる、いわば霊的な“聖テレジア・サークル”を可視化してゆく。