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虐待訣別川柳

弥生新(やよいあらた)

評価した人の総数:2人 オススメ総数:(7コ)★★★★★★★
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作品紹介

言葉の暴力に傷つき、悩み、生きる意味さえ見失いそうになった日々を耐え抜いた著者が、今、苦しんでいるあなたへ贈る心からのメッセージ。前向きに、決してあきらめずに生きてほしいと願うその想いに込められたちょっとユーモラスな川柳の数々。チクリとした刺に込めたしなやかな強さに耳を傾け、少しでもあなたの心が安らげるように、あなただけの一句をひねってみませんか?
  • ファイルサイズ:1.2 MB
  • ファイル形式:pdf
ジャンル:
詩集・俳句・短歌 > 俳句・短歌 > 川柳
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この作品に対する評価

評価した人の総数:2人 オススメ総数:7

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  • 「毒親(継母)」によるモラ・ハラからの訣別宣言

    2014/07/11 投稿者:JapooJr オススメレベル:★★★

    本作でいう虐待は、折檻などのいわゆる身体的暴力ではなく、主に言葉による精神的な暴力(通称「モラル・ハラスメント」)を意味しているようです。その内実はというと、客観的にみれば、ある意味他愛ないイジメに映らないこともありませんが、当事者には苦痛以外の何物でもないでしょう。継母からの多年にわたる邪険な扱いに痺れを切らし、とうとう<逆襲>に転じざるをえないほどに苦しみ追い込まれたであろうことは想像に難くなく、著者が置かれた辛い立場にたつなら無理もないことです。ただし、著者は今回なぜか「歌(川柳)」という言葉によって声を上げるという方法をとられました。虐待という緊張の最たるものを川柳という風刺的・諧謔的な短詩にすること(=昇華)は、恐らく継母からの抑圧(感情)を解放するのに最適な表現手段だったからでしょう。

    それは、(ウケ狙いの意図をもって)川柳で継母を嗤い、茶化そうとしたわけではなく、呪詛の言葉を繰り返し書き連ねることでウサを晴らそうと企図したものでもなく、著者を苦しめてきたキツイ体験からのいわば「訣別宣言」の書なのです。つまり、普通の意味での反撃といったものではありません。著者にとってはまさに(継母からの)「自立」への第一歩であり、(心の)セラピーでもあるのです。また別の角度から言うと、生身の自分を認め、自己を取り戻す作業が「川柳」というかたちになっただけのことです。これまでに堆積された自己否定感情から脱し、喪失した「自己愛」を回復させるための試みといえましょう。川柳にすることで、過去に背負ってきたトラウマ(心的外傷)を克服し、剣呑な継母に対する複雑な感情(COMPLEX)を癒すのです。半生の清算です。

    したがって、我々(第三者である)読者は、刺激的でユーモラスな言葉面だけで本作の真骨頂を見落としてはならないでしょう。また、その執拗な反復表現に著者の継母への怒りに身をまかせた遅まきながらの叛乱や怨念を感じとって、途中で嫌気がさすことのないようにしたいものです。ただそうはいっても、何遍も川柳を詠んでいると正直胸が苦しくなってくるばかりですし、こちらの気は決して晴れやかにはならず、詠めば詠むほど根の深い深刻な問題だということを思い知らされるようです。さらに純粋な一個の作品としてみた場合、確かに文芸的技能(表現)の稚拙さはぬぐえず、五七五七七の(字余りあれど)平板なリズムの繰り返しは退屈さを呼び寄せてしまいます。そのうち、壮絶な体験イメージにも馴致され、得体の知れない“もやもや”がこちらに残ります。

    ですから、本来の「川柳」作品として十分堪能できるものではないかもしれませんが、あくまで著者の気持ちに寄り添うように詠み進み、「緊張と緩和」のコントラストを追体験してみることが唯一の観賞法ではないでしょうか。例えば、川柳自体の質について、いかにソフィスティケートされていないものか…云々と言及してみたところで詮無い話ですし、生半可な点者のように下手に評釈できかねる禁忌のパワーを放っているようです。とすれば、しがない既定路線的解釈を撥ね退ける「奇書」の部類に入るものです。敢えていうなら、「毒を以て毒を制す」の如く、言葉の暴力に対して言葉の妙技で返すことでネガティブな感情をポジティブな思いに反転させるプロセスと捉え、そこに著者と共に参画するつもりで《ただそのままの状態》を受け入れてみるしかないのでしょう。

    譬えれば、愛が枯渇し、空洞化した心の土壌に苗木を植える作業とでもいえましょうか。

    一方で、責めを負う立場である継母の主観にとっては裏返しの倒錯的愛情表現であったのかもしれませんし、著者も「前書き―『虐待訣別川柳』に向けて―」で言うとおり、《お互いが被害者で(ある意味)ある》側面を持つとすれば、《虐待をせざるをえない人をも、一緒に救ってあげなければいけない》し、《虐待をしている人だけを悪者にしてしまう事なく》継母と著者との歪な関係性の改善を中心とした「家族」の再生こそが喫緊の課題となります。それにしても、被害を被ってきた他方の身にはひどい仕打ち(暴言)でしかなかったのでしょうが。その辺り、「後書き―体験者は語る―」および「後書き追記―「光と闇」―」において当事者としてのホンネ(苦悩)を赤裸々に告白しています。被害者意識の肥大化が自信の持てない「ダメな自分」を形成したのだ、と。

    こうして、(著者と同様に)人間不信とコミュニケーション不全に苛まれながら現代を生きる多くの人々に共通した「重要な問題」だということを教示されるに至り、「甘え」の一言で片づけられがちの症状をせめて相対化したいとの著者の矜持と希いをそこで伺い知るのです。そのように解すると、<虐待という現象>もまた特殊性を剥奪され、表象的内面化による普遍性を獲得できます。…ならば、もはや他人事ではありません。著者は最後に人間の《夜叉の面》の投影である「継母」を否認せずに<本当の母親>と呼んで感謝の気持を述べています(「後書き―体験者は語る―」)。これは果たして上辺の言葉だと言い切れるでしょうか。著者の意図とは別に、重く受け止めざるをえません。

    (悪循環を断ち切りにくい)「心のケア」という対症療法では済まない、膠着した関係に耽溺する呪縛状態からの弛緩が、離反を前提とした最後通牒ではなく、相互承認に結実させる講和への契機となり、やがて<赦し>を得ることにつながりますように。

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  • 五七五七七で反撃!

    2014/07/04 投稿者:あなご オススメレベル:★★★★

    重いテーマ「虐待」と諧謔・滑稽味を追求する「川柳」、
    どう考えても相容れなさそうな二つの言葉が並んだタイトルが気になってDLしました。
    第一部『継母編/子ども反撃編』では、上段にイジワルな家族の言動を詠んだ句が置かれ、その内容は読んでいて悲しくなります。ところが下段に置かれているのは、上のイジワルに対して「あっかんべぇ」してみせるような句。虐げられた者の痛快な反撃口撃が詠まれているというわけです。変わった趣向の作品だぁ…。
    著者ご自身の辛い実体験から生まれたものなのでしょう。洗練された川柳ではありませんが、悲しい・腹立たしい思い出や心情をユーモアを添えて吐き出し、明るく前に進もうとする姿勢には教えられるものがあります。

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