「一度でも遅刻したら退学する」と宣言し、ささいな寝坊で本当に学校を去っていったバリバリの不良、バナナをなぜかタンスにしまう主婦、どんな場所でも生きていけるように足裏を強化すると言って靴を履かない良家のお坊っちゃんなど、私の周りにも不思議な思考回路を持つ人間はそれなりにいるのだが、本書に登場する「義母アイコ」は、そうした謎の言動に加えて、周囲の人間を豪快に巻き込むという台風のような性質を具えた愛すべき変わり者である。
本書『義母アイコ伝説』は、この義母が巻き起こす嵐を嫁のキャシィ氏が記録したアイコ事件簿であり、自覚なき変わり者の生態を観察・分析したアイコ白書でもある。
電子レンジから放出される電磁波を異常に恐れ、使用時には必ず家族を避難させたり、しらすの白さは漂白剤によるものだと信じて一切口にしないなど、鉄よりも固い独自の信念を持つアイコ。
「リッスン トゥー ミー」「ルック アット ミー」の精神で年齢・性別・国境を易々と越え、得意のマシンガントークで「ざっくばらん」な付き合いを一方的に求めるアイコ。
車の中でごく普通に日傘をさし、何かにつけ夫と別行動をとりたがる自由人アイコ。
すべて我流、明るく元気、根拠のない自信で突き進むこういったタイプは、得てして単純な性格の持ち主で、付き合ううちにパターンが読めてきたりするのだが、アイコは思わぬところで恥じらい、機嫌を損ね、Aを否定して頑なにBを主張していたのに、気付いたら誰よりもAになっているなど、行動も発言もまったく予測不可能だ。しかも、その容姿は日本人離れしていて華やかで美しいというのだから、これまた一筋縄ではいかない「義母アイコ」である。
この作品の醍醐味は、そんなアイコのキャラクターと奇想天外なエピソードなのだが、彼女を妻に持つ義父や、アイコに育てられてきたT夫(キャシィ氏の夫。もちろん、しらすは食べない)も、脇役ながら抜群の存在感を放っている。アイコのすべてに慣れている家族は、彼女のどんな言動にも動じず、特に義父は日々蔑にされながらも「80%」の愛情をアイコに注いでいて、ちょっとした片思いのような状態が切なくも可笑しい。一方のキャシィ氏は、新参者ゆえアイコの何もかもが理解出来ず、戸惑うばかり。そんなキャシィ氏と視線を共有しながら、一緒になって驚き、笑い、ツッコミを入れることが出来るところも、本書のひとつの魅力と言って良いだろう。
本名M子である姑を「義母アイコ」と呼び、彼女のユーモラスな言動を次々と暴露するキャシィ氏だが、その筆には「刺激と笑い」をもって自分の世界を広げてくれた義母への愛と感謝の思いが滲んでいる。アイコが日々予告なしで打ち上げる大小様々な花火を、著者が心底愉快に感じていることがわかるからこそ、ただ笑いを誘うだけではない、ちょっと変わった一家の微笑ましい物語として、本書はあたたかく読者の胸に届くのである。
イギリスの神経心理学者デイヴィッド・ウィークスは、著書『変わった人たちの気になる日常』で、科学的アプローチによる「奇人研究」の結果を報告しているのだが、そこには次のような興味深いデータがある。
変わり者は健康的かつ長生きで、幸福度が高い
今日もアイコはどこかで誰かを巻き込み、大きすぎる地声とオープンマインドで融通無碍に生きているのだろう。
その姿を想像すると、たしかに幸せそうだし、相当長生きしそうである。
(written by 内藤)
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