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『お釈迦はんもびっくり! 仏事の正体』公式レビュー / 第21回

2015/08/30(日)

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 ある程度の年齢に達した日本人であれば、誰しも寺での葬儀や法事に参列した経験はあるだろう。仮に自分がクリスチャンだとしても、知人の葬儀が仏式であれば、香典を包むし焼香もするはずだ。必ずしも身近なことではないかもしれないが、日本人は皆そのように仏事に関わって来たわけである。しかし、その仏事のあれこれについて、それがいつから始まって、どんな意味をもつものかなど、知る人は意外に少ないのではないだろうか。白状すると、私もこれまでそんなことは深く考えてみたこともなかった。世には仏教入門書や、冠婚葬祭のマナー本は数多くあるが、この本はそのいずれとも違う。もちろん被る要素がないわけではないが、これは仏事の蘊蓄本と考えていいだろう。それゆえ実用性という点は強調できないが、それでも本書を読めば、仏事との向き合い方は変わるだろうし、仏教への新たな興味も湧いてくるはずだ。

 テーマこそ少々お堅いが、語りがくだけているのが本書の特徴でもある。語り手となる著者は大阪の寺の住職で、その和尚が故人となった檀家のおばちゃんの疑問に答えるという趣向で綴られる。冒頭は檀家のおばちゃんから、じいさんが死んだと電話が入る場面から始まるが、そこで頭の中でレジスターがチャリンと音を立てるという語り手はいかにも生臭坊主である。しかし、その和尚が仏教業界の生臭い話も含めて、仏事の正体を明かしてくれる。洒落も交えた大阪弁の軽妙な語りで、楽しみながら仏事のあれこれを学べる一書なのである。

 取り上げる話題とその真実の意外性が何より目を引く。仮にも宗教行為なのだから、いずれも教義に則った神聖なものかといえばさにあらず、意外に不純な思惑が背景にある場合もある。例えば、檀家制度というのはキリシタンでないことを証明させるために、江戸幕府が導入した制度。つまりそこには政治的な意図があったわけである。逆に言えば、キリシタンを摘発する必要のない現代ではもはや無用の制度ともいえるだろう。さらにこれに寺が便乗したのが「何回忌」というやつである。著者にいわせれば、これは檀家名簿でアポを取って定期的に法要することを促す、いうなれば寺のビジネス戦略であって、仏教的にはなんの根拠もないのだという。住職がそんなことをばらしちゃっていいのかという気もするが、そんなことを知れるのが本書の面白さである。

 無論ちゃんとした意味を持つものもあるが、それもまた意外なものが多い。例えば、焼香、これは故人のための行為と考えている人も多いのではないだろうか。しかし実は、自分即ち焼香する人の身に付いた匂いや悪行、煩悩を隠すのが目的なのだという。数珠が実は足し算専用のそろばんだというのにも驚いた。この他、葬儀や通夜、お盆や彼岸の本来の意味も述べられているが、これらも従来イメージしていたものとはまるで違っていて、面食らうばかりであった。

 表題にある「お釈迦はんもびっくり」というのも、本書を読めばもっともと感じられてくる。それは、釈迦の教えにはないあれこれが、現代の仏教には付け加えられて来たからだ。仏教も時代のニーズに応えて変容してきたのであり、本書は日本に伝来した仏教の変遷を教えてくれる書でもある。それにしても意外だったのは、実は日本人のほとんどはイエスの教えで弔われてきたと著者が述べていること。そのわけを知りたければ、是非本書を読んでいただきたい。

(written by 岩楯)


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