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『あの頃の過ち』公式レビュー / 第25回

2015/11/17(火)

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 「あなたの忘れ掛けていた過去をお見せします『あの頃』高田馬場駅より一分」

 仮想空間に、よりリアルな“あの頃”を構築する。それが株式会社『あの頃』の提供するサービスだ。ユーザーは各地に設置されている『あの頃』ボックス、『あの頃』ステーションへ向かい、自らの記憶を『あの頃』.comのサーバーへとインプットする。すると集約された全ユーザーの全記憶が共有され、リアルな過去のシーンが創り出される。このシステムを用いれば、全国に散る旧友とともに、わずか十数分の間にその何倍もの過去を振り返ることが出来る。まさに「バーチャル同窓会」である。

 主人公・権崎裕輔はある日、同期入社であり直属の上司でもある孝治から、子会社への出向を言いわたされる。現実に向き合うことの出来ない裕輔は、何も考えずに山手線に乗り込み、外の景色を眺めながら何周もしていた。そんな時、偶然目に飛び込んできた「あなたの忘れ掛けていた過去をお見せします……」のスポーツ紙の広告。これが裕輔にある“出会い”と“ビジネス”をもたらす。

 『あの頃』へと赴いた裕輔は、怪しげなオヤジ・神藤源一郎(またの名をマードリヤー)と、その息子・智弘と出会う。智弘は二十代の若さでインドの国家プロジェクトのプロマネを務めた経歴をもっていた。
 『あの頃』に来店した裕輔は、智弘によってもたらされた「過去を振り返る」体験を基に、あるビジネスを思いつく。それが「バーチャル同窓会」を可能にした『あの頃』.comである。
 ITに明るい裕輔の営業力やアイデア、智弘の華々しい経歴に裏打ちされたスキル。それぞれが絶妙な相乗効果を見せ、『あの頃』.comはついに一世を風靡する。
 一般向けに適応するべく、度重なるバージョンアップ繰り返し、急激に成長する『あの頃』.com。だがしかし、システムと膨大な情報を管理する裕輔と智弘は、水が低きに流れるがごとくその立場を利用し私欲に走ってしまう。インサイダー取引に人気アイドルとの恋愛。他人の記憶を見たり、記憶を書き換えてみたり……。いつしか、世の中を自らの思うままにコントロール出来るようになっていた。モラルと私欲の狭間で揺れる二人の心の変遷が鮮明に描かれている。

 本作の醍醐味は、主人公・裕輔を取り巻く人々の人間模様だ。他人の心の内を見ることが出来ないというのは当然のこと。しかし、この『あの頃』.comを通して特定の人間の記憶を見ることで、“心の内を見た”と同然になる。裕輔も至極当然のこととして、自分の身のまわりの人間の記憶を見た。妻の由紀、愛人の希、出向を命じた孝治。それぞれに隠されたエピソードを知った裕輔に、三人の見たこと、聞いたこと、感じたこと、その一つひとつが伝わった。人間味、人の温かさがそこにある。その感触が読み手である私たちにも届く。

 日々進化を遂げていくネット社会。FacebookやTwitterなど、多くのソーシャル・ネットワーキング・サービスが普及している今日、そうしたツールを活用し旧友と親交を深めている方も多いはずだ。本作は、現代のネット社会、情報社会を映しているように思える。
 他人の心の内を見ないまでも、その人との関係を過去から振り返ることで、思いやりや気持ちに気づくことが出来るのではないか。著者が末筆に寄せているように「あの頃はよかった……」と過去を振り返ることで、大事なものを取り戻せるのではないだろうか。

 ひょっとすると、身近なところにあなたの『あの頃』も転がっているのかもしれない。

(written by 『あの頃』に戻ってみたい やくた)


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