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『下を向いて歩こう』公式レビュー / 第28回

2016/01/07(木)

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 「前向きな人がよい」「ポジティブシンキング」のようなフレーズは、誰もが一度は口にしたり耳にしたりしてきた言葉なのではないだろうか。近年、「ポジティブ思考だと運がまわってくる」といったような自己啓発の書籍も数多く見られ、何らかの環境で生活していく上では必ずといってもいいほど、「前向きであること」は人間に求められる資質の一つのようだ。職場などの公共の場だけでなく、家族や恋人との関係においても例外ではないだろう。だが、ずっと前を向いて歩いていると疲れてしまう。かくいう私も、常に悲観的に物事を捉えるマイナス思考の持ち主であり、さまざまな局面で「ポジティブ」を求められ、幾度となく自分を見つめ直してきた。下を向きたくても、向いている暇もないのだ。もはや、無理をすることが当たり前の時代になっていると感じる。

 本書は、現代社会を生き抜くすべての人に贈りたい、心をリラックスさせてくれるエッセイである。誰もがふと立ち止まり自分の心に休憩をあげたくなる、なんだか寄り道をして帰りたくなる――そんな気持ちにさせられる一冊なのである。

 本書では、日頃私たちが何気なく見ているもの、小さな出来事などが、著者の視点・感覚で捉え語られている。前を向き上を向いているだけでは気づくことのできない、ありふれた日常のなかにある小さな幸せに気づくことができる、と教えられる。本書の中に『優しくなりたい』という短い文章がある。うまくいくというプラス思考もあれば、うまくいかないことをよしとするプラス思考もあるというのだ。決して「諦め」ではなく「寛容」の美学であると。

 物の捉え方は十人十色・三者三様であるが、著者の言うように、物事に期待しすぎず寛容の心を持つことは、心にゆとりを持たせ、マイペースに生きるために大切なことであると感じさせられる。

 他にも、本の整理の仕方をたとえに挙げた箇所では、物事はそう簡単に解決しないということが「当たり前」だということにも気づかされる。本の整列の仕方が、大きさ順であったりジャンル別であったり人それぞれ違うように、物事に対する考え方も違う。なぜこの並べ方でなくてはいけないのか、その理由も人それぞれであるし、特に理由がなかったりもする。世の中には話し合っても解決しないことが多く、どうすれば解決できるのだろうかと考えていること自体、どうにもならない場合が多い。そんな時に、頭を悩ませたり自分を否定したりするのではなく、それが当たり前と、人と人との問題は解決しないくらいに身構えておくくらいが丁度よいとして読む者の心を軽くしてくれるのだ。

 あとがきには、本書が著者の「立ち直り日記」であると明かされている。『上を向いて歩こう』という有名な歌があるが、この歌詞のように上を向いて歩くことが困難になったとき、人にはそれぞれ「小さな世界」が必要であるという。「小さな世界」とは、安心できる自分だけの世界を意味する。著者の小さな世界は、足元の世界であり、下を向いていれば安心なのだそうだ。皆さんにも、小さな世界はあるだろうか。私の場合の「小さな世界」――それはおそらく、自分の部屋である。自分だけの小さな世界を作り、無理をしない素の自分でいられる場所をつくることが、心を休め、己の人生をゆとりのあるものにするための第一歩であると感じる。

 上を向いていれば幸せがやってくるというわけではない。下を向いていているからこそ、気づく幸せがある。それを知ることができた本書との出会いに感謝しつつ、さまざまな試練に立ち向かっている多くの人にとって、本書が人生を自分なりに謳歌する手助けになることを願うとしよう。

(written by 無糖)


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