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『Paris, a bientot―またね、パリ』公式レビュー / 第32回

2016/03/18(金)

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 フランス旅行に行こうと思う人の大半は、歴史探訪や芸術鑑賞、グルメ三昧、ショッピング、あるいはパリという街を歩いている自分に酔いたいとか(これは私)、つまりはごく普通の観光が目的であろうと勝手に推察するが、この作品の著者、うつみゆみこ氏の動機はちょっと変わっている。

 フランスでフランス語を喋りたい――。

 本作は、その一心でパリに飛んだ58歳女性の初ひとり旅を記録した作品である。
 友人とのニューカレドニア旅行を機に往年のフランス熱を再燃させた著者は、1年以上かけて言葉の“下地”を作り、単独での渡仏に挑んだ。
 日程は7日間。作中では、当時の日記をベースに、「満足度200%」の旅の様子が活き活きと再現されている。

 出発2ヶ月前にはほぼ出来上がっていたという練りに練った日程表を握りしめてフランスに降り立った著者だが、旅はいつだって予想外。出だしから、ホテルへの送迎バスが貸切ツアーバスに様変わりするなど、予定にはなかった大小様々な出来事が巻き起こる。その大半は、フランス語を喋りたい、外国人とコミュニケーションをとりたいという著者の積極的な姿勢が引き寄せたもので、なかには“食事に行こう”“ダンスに行こう”と声を掛けてきたスペイン人男性をオペラ座で巻くという、土産話にはもってこいの大スケールなナンパ撃退劇もあったりと、おもしろエピソードには事欠かない。

 しかしながら、私の思うこの作品の真骨頂は別のところにある。
 それは、あらゆる事象に一喜一憂しながらも、その感情に捉われることなく、どんどん新しい何かに出会いに行こうとする著者のあり方である。例えば著者は、マメの出来た足で迷いながらやっと辿りついたお目当ての店が休みだったり、あるいは思っていたものと違っていたり等、がっかりするような場面に何度か遭遇しているのだが、いつも落胆するのは一瞬、「仕方がない」と言うが早いか次の楽しみへと一歩踏み出している。その足取りたるや、失礼ながら還暦を目前に控えた女性とは思えぬ軽やかさ。好奇心を漲らせてぐんぐん風を切り歩く姿は、読んでいて本当に気持ちが良い。

 肝心なところでトイレに行きたくなって美術鑑賞どころではなくなるといったよもやの事態も含め、とにかく何から何まで丸ごと楽しんだ賑やかな7日間の記録の中には、ほんの少しだけ著者の生い立ちや、フランスに寄せる特別な思いに触れた部分があった。著者には生母と養母、ふたりの母がおり、幼い頃亡くなったものと思い込んでいた生母は、偶然にも仏語を操るフランス好きのハイセンスな女性であったという。著者はその母がフランスで撮った写真を持参し、「母とノートルダム寺院はとてもしっくり重なる」と語っている。異国の地で改めて湧き起こる生母への感慨――これも、今回の旅におけるひとつの収穫だろう。

 それにしても、楽しみながらコツコツと努力を重ねて自分の世界を広げてゆく著者の姿は眩しく、その活き活きとした様子を見ていると、年齢を何かの言い訳にすることは、自ら喜びの芽を摘むようなものなのだと痛感させられる。好奇心を失わず何事にもチャレンジする著者の姿勢、屈託のない明るさと太陽のようなエネルギーは、読者の心をも上向きにしてくれるようだ。

 言わずと知れたノンフィクション作家・沢木耕太郎は、著書『旅する力』の結びで、これから非日常に飛び込む者たちに「ささやかな挨拶」としてこんな言葉を贈っている。
「恐れずに。しかし、気をつけて」
 著者はまさにこの言葉どおり、大胆かつ注意深く旅を進めてひとつの「冒険」を成し遂げ、早くも次なる目標に向かって前進している。後の生活や生き方に影響を与える人生のスパイス――旅はそうあるべきだし、そんな旅を私も重ねていきたいと思う。

(written by 内藤)


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