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『ブルー』公式レビュー / 第41回

2016/12/19(月)

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 自らの体験を下敷きに創作されたリアリティ溢れる小説、なのだろうおそらくは。ただ、ほとんどの読者にはそれが本当にリアルであるのかなんてわからないはず。なにしろ本作にて描かれるリアルとは、かつて覚醒剤中毒だった前科者の日常なのだから。ドラッグ、ポルノ産業の裏側、変態セックス、受刑者の逮捕から出所後の生活まで、200ページ余りの小説の中には実に多様な背徳と破滅が描かれ、多くの読み手は己自身では体験し得ないアウトローの生々しいリアルに圧倒されることだろう。そして、トマス・ド・クィンシーが、シャルル・ボードレールが、ジャン・コクトーが、ウィリアム・S・バロウズが、ハンター・S・トンプソンが、中島らもが、アーヴィン・ウェルシュが、デビュー当初の村上龍がそうであったように、センセーショナルな題材ゆえ多くの読者の関心を惹き、ラディカルな内容がカルト的な指示を得る可能性さえ秘めている……というのはさすがに言い過ぎか。ただ、少なくとも軽快な文体と度々挿入されるブラックユーモアは単純に楽しいし、なによりノーマルとアブノーマルの境界を彷徨う主人公の立ち位置は、本作の素材を鑑みるに感情移入しやすく、読者を容易に非日常の物語へと没入させるはずだ。

本作の主人公にして語り手であるアキという男は、市営のトレーニングセンターで働きながら妻と息子と暮らしている。よき父であり、仕事にプライドを持つ社会人でもある一方、帯屋(裏ビデオ屋)で働きながらシャブを常用した挙句に逮捕された経歴を持つ。物語の前半で示されるアキの過去は、逮捕に至るまでのシャブ漬けの日々を軽妙な筆致で描いており極めて刺激的だ。シンナーあがりのシャブ中で元暴走族元自衛官という異色の経歴を持つ同僚、アキたちの雇用主でシャブの供給元でもあるヤクザ、ダウナー系ドラッグの常習者で電波系の服飾専門学生、その元彼女でシャブのためにインディーズのハードコアAVに出演する女など、登場人物それぞれの刹那的な生き様には絶句するしかない。

一方、社会復帰を果たしたアキは、世間との乖離を感じながらも職場で管理しているプールへの偏愛と家族の存在を支えになんとかシャブのない世界と折り合いをつけ日々をやり過ごしていたが、ユキというヒロインの登場によって再びシャブと繋がることになる。MDMAの常習者であり、シャブ中の元恋人と母に縛られたユキとの逢瀬、シャブへの依存を振り切り看護師として働く妻と自分を慕う息子との団らん、更には穏やかな人となりの上司が起こした凄惨な事件、シャブの呪いに縛られたアキは周囲の人々との関係とさまざまな出来事を通して自分の生きるべき道を模索しようと試みる。己がどのように生きるべきかという悩みは誰もが一度ぐらい抱くものだけに共感させられる部分だが、薬に溺れた自分を恥じる主人公だからこその葛藤も切実であり、過去を容易に振り切れず苛立つ姿も真に迫るものがある。

 そして、「考えろ。私に必要なものは何か? 私に不必要なものは何か? 迷うな。決断しろ。私を困惑させるすべてのものを拒否しろ」そんなシャブとの決別を思わせる決意に至るも、あまりに意外な、そしてあっけない結末を迎えることとなる。幕切れこそ賛否ありそうだが、元薬物中毒者の懊悩を物語の中に落とし込んだ本作は、単に題材が刺激的であるという以上に過去を引き摺る人物の心の内奥に深く踏み込んだ人間ドラマとして読み応えがある。倫理から外れた内容に抵抗さえなければ、是非ともお試しいただきたい。

(written by 持田)


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