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『女タクシー運転手 真夜中のひとりごと』公式レビュー / 第46回

2017/10/19(木)

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近年、タクシー業界の新卒入社数が増加しているという。かつては薄給でブラック企業、数多の業界を渡り歩いた果てにタクシー運転手……というイメージすらあったタクシー業界だが、実際は歩合制ということもあり、努力次第では一般的な新卒入社組の平均をはるかに超える給与がもらえるという。また、勤務時間も融通が利くため、まとまった休みも取りやすく、一転、いまやホワイト企業視されはじめている。これまではあまり定着していなかった「新卒でタクシー運転手になる」という発想も根づきつつあり、“美人すぎるタクシー運転手”が人気TV番組に登場する現在、女性のタクシー運転手も順調に増えてきているようだ。

ただし、本作の著者はそうした昨今のブームに乗ったわけでは、まったくない。工員や経理事務など、さまざまな職に就いたのち、名古屋で平成元年にタクシー運転手となった。いわば、かつての業界イメージそのままだ。その文脈で考えると、まず思い浮かぶのが、なぜ女性でタクシー運転手を職業に選んだのか――という疑問だ。実際著者も、乗客に開口一番「なぜタクシー運転手に? 運転が好きなんですか? お話し好き?」といった類の質問を投げかけられることが多かったという。

業界のホワイト化、またイメージ改善努力が引き寄せた今般のちょっとしたブームにより、ここ数年は女性タクシー運転手も珍しくなくなってきた。とはいえ、全体に占める割合はまだまだ少ない。それが30年近くも前の話となると、どれだけ希少であったかは想像できる。乗客としてはやはり物珍しさもあり、話しかけたくもなるのだろう。しかしそんな客に対する著者の答えは、案外、現代の女性タクシー運転手と変わらない。著者は車も運転も嫌いではないが取り立てて好きなわけでもない、なにより自由気ままな仕事が好きなだけなのだ。実際、会社選びに際し、「仕事に使う車輌は自宅への持ち帰りが可能」で「好きな時間に出て好きな時間に帰れる」ことを条件に企業を探した。それまで、自分に合った好きな仕事に一度も就いたことがなかったという著者が求めたのは「自由」。タクシー業界は、それこそ願ってもない職業であったのだろう。

男性社会――という言葉がすでに時代錯誤的な印象でもあるが、いまだそんな世界があるのならば――で働くにあたり、「女性」であることで苦労する面は当然ある。タクシー運転手であれば、女というだけで「遅い」「下手」「地理を知らない」と思われることも多く、事実、運転手が女性とわかったら乗車をやめる客もいたようだ。また職場では、心無い人物からの中傷や果てはストーカー被害にまで遭っている。自由といえば聞こえはいいが、勤務時間は不規則であり、手のかかる乗客もいることから、苦労するイメージは拭えない。数年前にはタクシー強盗事件もよく耳にした。男性でさえ夜の勤務は危険を伴うはずなのに、女性となるとなおさらではないか。しかし、著者は夜勤にも一切恐怖を感じず、むしろ好きだと語る。事件に遭ったら遭ったで運が悪かったと思うしかない、という割り切った性格の持ち主なのだ。そうしたマイナス面と反対側の天秤皿に載るのは、女性の方がいいと言ってくれる乗客や、女性の運転手で安心感を抱く若い女性客の存在だ。女性ゆえの喜びやお得感が、秤にかけるまでもなく著者の気もちを前向きに安定させているようだ。

本作には、さまざまな乗客にまつわるエピソードが集録されている。
・タダ乗りの常習犯
・お金がないので同僚運転手をホテルに誘う美女
・酒に酔っていて起きない、行き先を教えてくれない客
・不機嫌なチンピラ
・料金にいちゃもんをつける酔っ払い
・一緒に夜桜見物をしたサラリーマン
・喫茶店に誘ってくるちょっといい男
……などなど。

よく躾のされた(?)読者としては、書かれているどんな乗客の言動も驚きの連続であった。これだけ仰天させる客がいて、予想だにしない事態を巻き起こす。結果はいい方向にも悪い方向にも向かう。やはり自由に働けるホワイト企業とはいえ、大変な苦労を伴う仕事なのであろう。しかし、本作からは「仕事がつらい」という感情はあまり伝わってこない。その代わりに、女性ならではの苦労の末に得られる喜びや、どんな状況も楽しみながら仕事に臨むひとりのタクシー運転手の個性が伝わってくる。ゆえに、読み進めていくと、タクシー運転手の仕事の何たるか、そして著者自身の人間的魅力を感じるのである。本作は、数々のエピソードでタクシー業界の内幕を描くとともに、今後さらに増えると予想される女性タクシー運転手へエールを送る一冊となっている。

(written by 千田)


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