なぜ、海や空は青いのか。なぜ、夕焼けは赤いのだろうか。子供の頃はこうした疑問をたくさん持っていた気がする。しかし、大人になった今ではいつの間にか消えていて、この手の素朴な問いを投げかけられると案外答えられずにギクリとしてしまう――そんな人にこそぜひ読んで欲しい作品である。
短い生涯を通して、時を超えて人々に愛される詩を数多く遺した詩人・金子みすゞ。彼女の詩には自然の営みをモチーフにしたものが少なくなく、その眼差しが捉える自然はいつくしみや神秘に満ちて美しい。本書は、みすゞの大ファンという著者が、彼女の詩一編一編から連想する形でそこに登場する自然を「科学」という目線から語るものである。簡単にいえば、詩を切り口に身近な自然科学について教えてくれる内容、「詩」と「科学」をリンクさせるという発想がなかなかユニークだ。
「空は、空は、なぜ青い」――『空の色』と題された詩には、前述した問いについてのみすゞ独自の思索が詠われている。みすゞは、海や夕焼けの色には理由を発見しつつも、空の青さの理由だけはどうしてもわからなかったようだ。そうした詩人の内面に思いを馳せながら、著者はみすゞが抱いていた疑問について科学の立場から丁寧に解説していく。それによると、空が青いのは、可視光のうち波長の短い青い光が大気によって散乱され空いっぱいに散らばるから。ついでに言うと、夕焼けが暖色なのは太陽の位置上、大気を通過する距離が長くなり、波長の長い赤や黄ばかりが残るから、らしい。
詩とこうした科学は、一見、水と油のように相容れない関係性に思えるかもしれない。しかし、読んでみると意外にもそんなことはない。むしろ、みすゞの詩が、自然への憧憬やイメージ、「なぜ?」という好奇心をうまく掻き立ててくれた上で、著者の解説が知識を広げてくれるような読み味といえるだろうか。自然という一つの明確なテーマを前に、感性と知識を行き来するような感覚が新鮮である。
大ファンというだけあって著者はみすゞの詩に精通しており、多くの詩を読みこんだ上で、みすゞが特に自然の色とそのもととなる光に興味を持っていたことを指摘している。星の色がバラエティに富む理由や、光を求めるといった生物の生態的地位獲得、光に由来する自然のリズム…などなど、「色」と「光」を中心に繰り広げられるたくさんのサイエンスの話はいずれもわかりやすく、かつて学校で習ったもののすっかり忘れていた事柄も含めて興味深く読める。このテーマは厳密ではなく、また、まえがきで自ら断っているように、時には少々脱線気味に話題が転がっていったりもする(ある時は、宇宙の創生の話や元素、素粒子の話にまで及ぶ)のだが、そのようにして知識がどんどん広がっていく感覚もまた楽しい。詩から想像が自由に広がっていくように、著者の解説も自由に広がっていく。
沈んだ太陽と月が深い海の底で出会って、赤と薄黄色の貝になったという『月日貝』は、優しい空想が印象深い、ロマンチックな一編だ。ここでは、月の色から解説をはじめて火星や金星など太陽系の惑星の色の話が展開されている。最後に、地球の色について語られるのだが、詩と解説を経た後では、地球が青いという当然の常識が得もいえぬ感慨を帯びて感じられるから不思議である。他にも、作中で語られるこうした自然の営みのあり方はみなどこかしら壮大なドラマ・物語のようで、淡々と説明されているにもかかわらず感動的なものがあった。いつの間にか当たり前のものにしてしまいがちな自然の営みの神秘や尊さ、奇跡を、みすゞの詩と同様に、科学は改めて教えてくれる。読み終えて、とりわけ、空を見ることが今までよりも何だか楽しくなった。
(written by 長尾)
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